2020年本屋大賞受賞作『流浪の月』の感想  ふたりが一緒にいること。

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流浪の月タイトル画像

「一緒にいたい」と思う人は、どんな人ですか?

 

「自分と同じ感覚の人」

「自分を受け入れてくれる人」

そんな人を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

 

想像してみました。

もし、自分という人間を受け入れてくれる人が、世界にいなかったとしたら。

 

もしかすると生きていることに、価値を見い出せないかもしれません。

 

「自分の居場所があること」について、考えさせられた作品を読みました。

 

2020年本屋大賞受賞作、凪良ゆうさんの『流浪の月』

 

決して幸せとは言えない人生を歩んできた「彼女」と「彼」の2つの視点から物語は進みます。

 

世間はふたりにレッテルを貼り、「違う」と声をあげても、その声は届かない。終盤のふたりの関係にはホッとしたものの、読後はなんとも言えない気持ちになり、モヤモヤ感が残りました。

読後の清々しさを求める方には、おすすめできないかもです。

でも、リアルに描かれた人間関係には引き込まれましたし、ハッピーエンドとは言えないものの、こんな関係も素敵だな、と思わせてくれた作品でした。

本屋大賞受賞作ということは、その内容を支持する人も多いのでしょう。読んで損はない作品だと思います。

 

何も知らない世間の人から見ると、ある意味「異常」な関係。でも、この人と一緒にいたいー そんな人間関係を描いた作品『流浪の月』を紹介したいと思います。 

以下ネタバレを含みますので、ご注意ください

 

 

あらすじ

あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい―。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。

出典:amazon 

 

なぜふたりが一緒にいることを、反対するのか。

 

なぜなら、ふたりは、誘拐事件の「被害者」と「加害者」という関係だからです。

  • 被害者の名前は、家内更紗(かない さらさ)。当時9歳の女の子
  • 加害者の名前は、佐伯文(さえき ふみ)。当時19歳の大学生

 

 世間的には「小児性愛者の大学生が、9歳の女児を誘拐した」とされるこの事件が更紗の視点から語られます。

 

そして事件から15年後、アルバイト先の同僚と立ち寄ったカフェ『calico』で、ふたりは再会します。『calico』は、文が開いたカフェでした。

 

「一緒にいたい」気持ち

多かれ少なかれ、みなさんも「誰かと一緒にいたい」という気持ちをもっているのではないでしょうか。

 

いちばん一緒にいたいと思う人。

更紗にとっては文であり、文にとっては更紗だった。

単純なことだけど、ふたりの世間的な関係が話をややこしくする。

 

文との関係を不審に思い、後を付けたり、暴力を振るう彼氏の亮。更紗へのDVや上から目線の発言、挙句の果てに文の個人情報をネット上にアップする。終始イライラしました。

亮のこうした行動も、更紗と一緒にいたいから。

そして自分の気持ちを、あまり表に出さない更紗の性格。読んでいて結構もどかしかったです。でもそこには、「何かを訴えることが空しい」という思いに至った15年間の日々があったわけで。

僕自身はこれを想像することは難しいですが、とても生きづらい人生を歩んできたんだろうな、と思いました。

 

いろんな登場人物の「一緒にいたい」気持ち。

それを絡めながら物語は進んでいきます。

 

人と違うことはしんどい

「俺はハズレだ。引き抜かれたトネリコは俺だ」

文は言いました。

 

この物語には「トネリコ」という植物が、比喩表現として用いられます。

文の部屋に置いてあった「成長しないトネリコ」=「ロリコンである自分(文)」っていう暗喩かな、って僕も最初は思ってました。

 

でも本当の意味は物語の終盤に明らかになります。

  • 他の人と一緒でありたいのに、自分だけが違う
  • 他人の反応を想像して、悩みを打ち明けられない

これって結構しんどいです。

 

「きちんとした」家庭で育ち、常に正しいことを求められ、がんじがらめにされて育ってきた文。

自分の悩み=正しくないこと。これを打ち明けることは、とても難しいことだったのだと思います。

 

普通ってなんだろう?

流浪の月カバー写真

「今日の晩ご飯はアイス。」

このことが普通だと思う人もいれば、非常識だと感じる人も、もちろんいるでしょう。「普通」の基準は人それぞれです。

 

自分の価値観を更紗に強要する亮は、自分にとって普通ではないこと(非常識)が許せない。

一方で価値観は違うかもしれないけど、更紗の「普通」を受け入れてくれる文。

 

このふたりが、対称的に描かれていました。

 

他人の「普通」を受け入れること。

なかなか難しいことではないでしょうか。

 

最後に

『流浪の月』を読んで、自分の居場所があることの大切さについて考えさせられました。

 

主人公のふたりが一緒にいることは、一般的には異様な光景でしょう。

 

もしも現実にそんな状況があれば、何も知らない僕は、ふたりのことを好奇の目で見てしまうかもしれません。

そんな行為が、知らないうちに人を傷つけてしまっているかも。

 

物語の終盤に更紗が問いかけます。

 

わたしたちはおかしいのだろうか。

その判定は、どうか、わたしたち以外の人がしてほしい。

わたしたちは、もうそこにはいないので。

 

あなたはこの作品を読んで、何を感じるでしょうか。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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